研究活動

大学院生がホットサターンの大気に水蒸気が存在する証拠を発見


図1: HD 149026 b の想像図。主星に近く、木星より少し小さい「ホットサターン」と分類される。この惑星の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見した。(クレジット:アストロバイオロジーセンター)

東京大学の大学院生Sayyed Ali Rafi(セイエド・アリ・ラフィ)[1]が率いる研究チームは、ホットサターンであるHD 149026 bの大気中に水蒸気(H2O)が存在する証拠を発見した(図1)。この太陽系外惑星(以下、系外惑星)は、地球から約250光年離れたヘルクレス座に位置し、土星と同じような大きさの高温ガス惑星であるため、ホットサターンと分類されている。金属が豊富な恒星HD 149026の周りを回っており、その距離は水星が太陽を回る軌道の1/10で、この惑星の1年はわずか2.9日しかない!この近さによって、高温のガス惑星の温度は1500ケルビン[2]以上に上昇する。実際、HD 149026 bの平衡温度は約1700ケルビンで、最強の鋼鉄でさえ溶かす高温惑星である。

本研究の成果は、東京大学の大学院生Sayyed Ali Rafiが主著者となり、米国の天文学誌『アストロノミカル・ジャーナル』(2024年8月5日)に掲載されます。

惑星の大気を検出するために、研究チームは透過光分光法と呼ばれる技術を使用した。地球上の観測者に対して惑星が恒星の前を通過するとき、恒星の光の一部が惑星の大気を通過する。この星の光は惑星大気中の様々なガスに吸収され、恒星のスペクトルに刷り込まれた惑星の吸収スペクトルを作り出す。恒星のスペクトルから惑星のスペクトルを分離することで、惑星の大気の特徴を特定することができる。

系外惑星大気の観測における大きな課題は、明るい恒星と暗い惑星のコントラストが非常に大きいことである。このため、惑星の大気を検出するのは難しく、しばしば恒星の光子ノイズに埋もれてしまう。惑星大気のシグナルの強さは、惑星の温度が高い(その結果、大気がより広がり、検出しやすくなる)か、恒星までの距離が近い(恒星と惑星のスペクトルを分離しやすくなる)か、あるいはその両方の組み合わせで観測された場合に、より強くなる。高温の惑星はこの両方の性質を持つため、透過光分光観測の理想的なターゲットとなるが、その大気を検出するのはまだ難しい。

この困難を克服するために、最も有効な手法が相互相関法である。「相互相関を利用して、高分解能分光で個別に分解される数百から数千の弱いスペクトル吸収線の情報を組み合わせることによって、系外惑星のシグナルを高めることができる。これは、これまで太陽系外惑星の大気を特徴付けるために使用された最も成功した方法の1つで、異星世界の大気のピークをとらえることができる。」と、共著者であるアストロバイオロジーセンターのステバヌス・ヌグロホ博士は説明する。

この手法を用いて、研究チームはスペインのカラー・アルト天文台に設置された分光器CARMENES(カルメネス)の高分解能の透過光分光アーカイブデータを解析した。「我々は、分光器の近赤外線波長域(0.97〜1.7μm)のデータに注目し、この波長域に強い吸収を持つH2OとHCN(シアン化水素)を探した。その結果、惑星大気中のH2Oの証拠を約4.8の信号対雑音比(S/N)で発見しました(図2)」と論文主著者のセイアド・ラフィ氏が言う。興味深いことに、昨年にジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)も同じ惑星でH2Oを検出した。これは、惑星の昼側を観測したことに対応しているが、今回の結果は惑星の夜側に相当している。これらの相互に補完的な発見は、惑星大気中の水蒸気の存在を裏付けるものであり、同時に惑星大気の異なる領域に水が存在することを示している。しかし、本研究チームは、この発見のS/N比は高くないため、今後のフォローアップ観測によって確認される必要があると考えている。HCNについては検出されなかったが、これはデータのS/N比が分子を検出するのに十分でなかったためと考えられる。

図2:検出された H2 Oシグナル。赤い×印は実際に検出された位置を、シアン色の十字記号は予想されるシグナルの位置を示す。左下の数字4.8は、検出されたシグナルの S/N比。Kp と Vrest は、それぞれ惑星の視線速度の半値幅と静止系の速度である。(クレジット: アストロバイオロジーセンター)

では、なぜH2OとHCNを探すのか? HD 149026 bのような高温ガス惑星の大気では、炭素と酸素の比(C/O)が1より小さい場合(酸素が炭素より豊富であることを示す)、H2Oと一酸化炭素(CO)が最も豊富な酸素と炭素を含む種である。C/O比が1より大きい場合、H2Oはより少なくなる一方、HCNがより多くなり、COと並んで、その存在量は比較的一定に保たれる。これらのガスの存在量を発見し決定することで、大気のC/O比を測定することができる。「高温の土星のような太陽系外惑星で水蒸気が検出されたことは、その大気ダイナミクスと軌道特性に関する新たな手がかりを提供し、惑星形成の理解に一歩近づいた」と、共著者のアンダルシア宇宙科学研究所のアレハンドロ・サンチェス=ロペス博士は説明する。

HD 149026 bの大気を研究することは、この系外惑星のユニークな特徴から特に重要である。この惑星は、地球質量の約110倍もの異常に大きなコアを持ち[3]、重力不安定性やコア降着といった既存の惑星形成モデルでは説明できない。これらのモデルは通常、ガス惑星ではもっと小さなコアを予測するため、この大きさのコアを形成することは、異常な条件や形成過程を示唆している。いくつかの理論的なシナリオが提唱されており、この惑星の大気観測を続ければ、これらの理論のいずれかを支持する、あるいは新たな理論を示唆する可能性がある。

「系外惑星の研究は発見の時代から分析の時代に入りつつある。今や大学院生が100個の系外惑星を発見することも可能になった[4]が、今回の研究が示すように、大学院生は系外惑星研究の大気分析の研究でも重要な役割を果たしている」と言うのは共著者の田村元秀教授。大学院生が最先端の観測装置からのデータを使ってこのような研究を行う能力は、「遠い世界」の理解を進めるために不可欠であり、この急速に発展する科学分野での大学院生の重要な役割を浮き彫りにしている。


注釈:

[1] アストロバイオロジーセンターのヌグロホ氏がデータ解析の指導を担当した。

[2] ケルビン:絶対温度の単位。摂氏0度(0℃)は273.15ケルビン

[3] 太陽系の土星のコアの質量は地球質量の17倍程度。

[4] ABCプレスリリース:「宇宙と地上の望遠鏡の連携で100個を超える系外惑星を発見」


論文情報:

論文誌:Astronomical Journal

論文タイトル:Evidence of Water Vapor in the Atmosphere of a Metal-Rich Hot Saturn with High-Resolution Transmission Spectroscopy

著者:S. A. Rafi, S. K. Nugroho, M. Tamura, ほか

DOI: 10.3847/1538-3881/ad5be9

URL: https://doi.org/10.3847/1538-3881/ad5be9

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