すばる望遠鏡の超高コントラスト補償光学システムを利用した観測により、太陽のような恒星を周回する褐色矮星の姿が捉えられました。直接撮像に加えて位置天文衛星などのデータを組み合わせる新しい手法を用いて、この天体 HIP 21152 Bの正確な質量を求めた結果、質量が精密に決まっている褐色矮星の中では、最も軽く、惑星質量に迫る天体であることが明らかになりました。HIP 21152 Bは、巨大惑星と褐色矮星の進化やその大気の研究をする上で重要な基準(ベンチマーク)天体になると期待されます。
褐色矮星(注1)は、恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の興味深い星です。木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星はほとんど同じ性質を持つと期待されるため、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも、褐色矮星は重要な存在です。
褐色矮星には、宇宙空間を単独で漂う「孤立型」と、恒星を周回する「伴星型」の2種類が存在します。1995年に最初の褐色矮星が発見されてから、数千個の褐色矮星が見つかっていますが、伴星型の褐色矮星の頻度は100 個の恒星あたりに数個ほどと希少です。そのため、天文学者は、伴星型の褐色矮星を発見する方法について頭を絞ってきました。
アストロバイオロジーセンター、国立天文台、東京工業大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、NASAなどの研究者で構成される国際共同研究チームは、伴星型褐色矮星と惑星を効率的に発見するための方法を新たに構築し、すばる望遠鏡による撮像探査を進めてきました(ハワイ観測所 2020年12月 観測成果)。この探査では、銀河系内の恒星が独自の速度を持って運動することによる「固有運動」の情報を利用します。ある恒星を伴星が周回する場合、その恒星の固有運動が伴星の重力の影響で「加速」します。ただ、褐色矮星や惑星のような軽い伴星によって引き起こされる速度変化は非常に小さいため、その測定は困難でした。
しかし、ヨーロッパの位置天文衛星「ガイア」(注2)によって転機が訪れます。ガイア望遠鏡は、1990年代に活躍したヒッパルコス衛星の後継機ですが、両望遠鏡の測定値の差を測ることで、固有運動の微小な加速を導出することが可能になりました(図2左)。研究チームは、両望遠鏡のデータを利用して、太陽系近傍にある恒星の固有運動の加速を調べ、巨大惑星や褐色矮星の伴星が存在する可能性のある複数の恒星を選出しました。そして、すばる望遠鏡の最新の高コントラスト観測装置であるSCExAO(スケックス・エーオー)とCHARIS(カリス)を用いた観測を進め、恒星HIP 21152を周回する褐色矮星「HIP 21152 B」を直接撮像により発見しました。
さらに、研究チームは、すばる望遠鏡やケック望遠鏡による合計4回の直接撮像と、岡山188cm望遠鏡の分光器HIDES (ハイデス) による恒星HIP 21152の視線速度観測、そして、位置天文衛星による固有運動データを組み合わせることで、HIP 21152 Bの軌道を決定しました。伴星の軌道が決まると、ケプラーの法則が示すようにその質量を推定できます。軌道解析(図2右)からHIP 21152 B の質量は、木星の22¬~36 倍と決定されました。これほど精密に質量が決定された褐色矮星の例はまだ20例程度しかありません(注3)。また、質量が精密に決まっている褐色矮星の中では、最も軽く、惑星質量に迫る天体であることが明らかになりました(注4)。
HIP 21152 B は褐色矮星や巨大惑星の大気の研究の上で重要な天体となるでしょう。本研究では、HIP 21152 B のスペクトルも取得され(図3)、その大気の特徴がL型とT型と呼ばれる褐色矮星のスペクトル型を遷移する型に分類されることが示されました。T型の大気ではメタンによる強い吸収が見られますが、L型の大気ではそれがほとんど見えません。この変化は大気の温度や雲の存在と強く関係しており、直接撮像されているHR 8799の惑星も類似したスペクトルを示しています。この点でもやはり、HIP 21152 Bの質量や年齢という最も基本的な特徴が正確に決まっていることが重要になります。研究を率いたアストロバイオロジーセンターの葛原昌幸特任助教は、「本研究の結果、どのような質量の天体がいつ、HR 8799の惑星やHIP 21152 B でみられているような大気の特徴を示すのか、という観点で、巨大惑星と褐色矮星の大気を調べることが可能になりました。HIP 21152 Bは、今後の天文学・惑星科学の進展で重要な役割を果たすベンチーマーク(基準)になると期待されます」と語ります。
新しい着眼点に基づいた惑星や褐色矮星の探査を進める本研究プロジェクトは現在も進行中です。また、すばる望遠鏡の直接撮像装置も継続して改良が行われており、新しい光学機能の運用開始が予定されています。本研究プロジェクトが目指す効率的な探査計画の進展とすばる望遠鏡の観測装置の開発や改良により、今後も様々な重要天体が発見されることが期待されます。
本研究成果は、米国の天体物理学誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に2022年7月27日付で掲載されました (Kuzuhara et al., “Direct-imaging Discovery and Dynamical Mass of a Substellar Companion Orbiting an Accelerating Hyades Sun-like Star with SCExAO/CHARIS“)。また、論文誌の中から際立った研究を紹介するAAS Nova でも紹介されました (Featured Image: First Images of a Substellar Companion in the Hyades)。
(注1)「褐色矮星の定義は複数存在しますが、一般には木星のおよそ13倍から80倍の質量を持つ天体を褐色矮星とみなします。そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素の核融合が起こります。一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星はほとんど同じ性質を示すと考えられています。
(注2)ガイアは2013年に打ち上げられた高精度アストロメトリ測定のための宇宙望遠鏡で、様々な恒星の地球からの距離や固有運動を高精度で測定しています。
(注3)これまで、褐色矮星の質量を推定するために主に用いられてきたのは「進化モデル」を利用した方法です。進化モデルは褐色矮星の年齢の変化に応じた光度や温度を示したもので、観測で得られた光度や温度から褐色矮星の質量が決まります。しかしこの手法では、年齢 (一般的に、主星や所属する星団の年齢が褐色矮星と等しいと仮定) や進化モデルの不定性のために、得られる褐色矮星の質量が不正確になります。HIP 21152 Bはヒアデス星団に所属するため年齢の不定性による影響は少ないですが、進化モデルの不定性の影響は依然として残ります。進化モデルを利用してHIP 21152 B質量を推定した場合は、軌道解析から決定された質量の1.3倍大きな値が得られました。
(注4)本研究成果と同時期にヨーロッパの研究チームがHIP 21152 Bの撮像に独立に成功しています (myScience記事)。一方、HIP 21152 Bが伴星であることの証明や、その力学的な質量を導出したのは本研究が初めてです。
(注5)分子の吸収波長帯の表示には、ジュネーブ大学が提供するウェブツールを参考にしています。
すばる望遠鏡について すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。
(関連リンク) 国立天文台ハワイ観測所 2022年12月21日 プレスリリース