植物は光合成によるエネルギー変換過程で、過剰な光エネルギーを熱として積極的に排出する非光化学的消光(NPQ)と呼ばれる安全弁を備えています。近年NPQの分子メカニズムの解明が進み、環境適応に果たす役割の重要性が強調される一方で、NPQの排熱による影響は注目されておらず、定量されていませんでした。今回、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの滝澤謙二准教授、基礎生物学研究所のキム・ウンチュル助教、皆川純教授、総合研究大学院大学の村上葵氏による研究チームは、標準的な植物が日照下でNPQにより発する熱量を算出し、それによる葉の内部の温度上昇効果と、地球全体で平均化した場合の地温上昇効果を見積もりました。NPQによる発熱は細胞レベルにおいても、地球レベルにおいても、系全体のエネルギー収支に比べて小さいものの、無視できるほどではなく、熱の移動が制限される条件下では温度上昇に寄与する可能性があることを示しました。研究成果はFrontiers in Plant Science (2024年3月20日付)に掲載されました。
研究成果
- NPQによる葉の内部温度への影響
中緯度地域の正午の日射量に、集光アンテナ(注1)による吸収率、光化学反応中心(注2)でのエネルギー分配率を掛け合わせ、NPQとして放出される熱量を64Wm-2と見積もりました。表皮組織、柵状組織、海綿状組織から成る葉の構造を仮定し、中央の柵状組織からこの熱量が放出された場合の葉の内部温度勾配を算出したところ、通常は0.1度以下と軽微でしたが、熱伝導が海綿状組織の空気層に限られる特殊な条件下では、1度程度まで上昇する可能性があることが示されました。 - NPQによる地球への表面温度への影響
地球上の緯度、季節、時刻による日射量変化と、植生の被覆率を考慮して、全体平均のNPQによる発熱量を2.2Wm-2と見積もりました。これは地表面からの赤外放射全体の0.55%に相当し、割合としては少ないものの、近年の温室効果ガスと同程度の影響を地球環境に与える可能性があることを示唆します。
今後の展望
植物生理学における展望:
NPQによる発熱は葉全体を温める効果は低いが、局所的・一時的に細胞内、葉緑体内の温度を上昇させる可能性があります。金属ナノ粒子などの極小温度センサーの開発により葉緑体チラコイド膜周辺の温度勾配を明らかにすることで、光合成反応過程でのエネルギー分配、温度による制御を解明することが期待されます。
アストロバイオロジーにおける展望:
地球上の植物の多くは集光を最大化し、余分なエネルギーを熱として放出するように進化しています。植生による地表面の被覆は反射率を低下させるため、二酸化炭素の吸収による寒冷化をを相殺する効果があります。地球とは異なる太陽系外惑星において、日射のほとんどを反射し排熱が少ない植物が進化した場合、陸上植生の拡大により地球よりも急激な寒冷化が進む可能性があります。
用語解説:
(注1)集光アンテナ:
光合成反応中心の周りに配置され、光を集めエネルギーを反応中心に受け渡す役割を担う色素タンパク質複合体。
(注2)光合成反応中心:
光エネルギーを化学エネルギーに変換する色素タンパク質複合体。酸素発生型光合成では二つ一組で一連の電子伝達反応を駆動します。
発表雑誌
雑誌名:Frontiers in Plant Science
掲載日:2024年3月20日
論文タイトル: How much heat does non-photochemical quenching produce?
著者:Murakami A, Kim E, Minagawa J, and Takizawa K