研究活動

DNA・RNAの部品が地球外でつくられる反応経路を量子化学計算で発見


分子雲で合成される核酸塩基のイメージ(クレジット:アストロバイオロジーセンター)

アストロバイオロジーセンターの小松勇研究員と、鈴木大輝研究員(現在東京大学所属)は、DNAやRNAにおいて遺伝暗号を司る核酸塩基であるシトシン分子が星間空間にある分子から生成される可能性があることを、理論的に予言しました(図1)。量子化学に基づく反応経路自動探索法によって徹底的に計算した結果、従来考えられてきたピリミジン分子を経ずに星間分子を材料としてシトシンが効率的に作られる経路を発見したのが今回のポイントです。本研究成果は、米国の科学誌『ACS Earth and Space Chemistry 』のオンライン版に2022年10月11日付で掲載されました(Komatsu and Suzuki, 2022, “Quantum Chemical Study on Interstellar Synthesis of Cytosine by the Automated Reaction Path Search“)

図1:新たなシトシンの生成経路。炭素は黒、酸素は赤、窒素は水色、水素は白で示す。
(クレジット:アストロバイオロジーセンター)

DNA、RNAは遺伝暗号のユニットとして核酸塩基という環状分子を採用しており、「ピリミジン塩基」であるシトシン(C)、チミン(T)、ウラシル(U)のうちいずれかと(図2)、「プリン塩基」であるアデニン(A)、グアニン(G)のうちいずれかの間でペアを形成します(注1)。何故、どのようにしてこのような分子が地球の生命において選択されたのかは大きな謎となっています。これらの核酸塩基は全て隕石から検出されており、ひょっとすると我々に似た生命が地球外で誕生していたり、あるいは地球外からきたこれらの分子が我々の材料になっていたのかも知れません。

これまでの星間空間における反応経路に関する先行研究では、ピリミジンを経由してC、T、Uのピリミジン塩基が生成されるものなどが考えられてきました(Nuevo et al., Astrobiology, 2012 など)。しかしながら最近の研究によると、核酸塩基が検出されている隕石においてもピリミジンが見つかっていないなど(Oba et al., Nat. Commun., 2022)、星間分子としてありふれたものからできる経路の方が自然であるとも考えられます。

図2:シトシン、チミン、ウラシルの各ピリミジン塩基と、ピリミジンの分子構造。
(クレジット:アストロバイオロジーセンター)

そこで、量子力学の範囲でポテンシャルエネルギー曲面(注2)上の起こりうる複雑な化学反応を推定する反応経路自動経路探索法(Maeda et al., J. Comput. Chem.,  2018など)を用いて、核酸塩基のうちシトシン(C)がエネルギー的に生成されやすい経路を調べました。従来の量子化学(注3)の遷移状態計算(注4)で採られているような「反応経路を予め決めてから評価する」という恣意性なしに、今回の研究ではターゲット分子のシトシンができるまでの経路を徹底的に探索しました。 

その結果、得られた化学反応ネットワークからは次のような、反応障壁がなく、発熱反応による効率的な生成経路が発見されました。まず、エチナミンという分子と酸素Oが反応し、さらにCNやHCNHが反応してシトシンができる多段階の反応経路が得られました。このように、隕石中でも発見されていないピリミジンではなく、星間空間にあり得る分子を用いて生命に関連する分子の生成経路を自動探索の計算によって初めて発見しました。今回の発見は比較的大掛かりな計算によって得られたものの、まだ核酸塩基生成の描像の一部であり、これ以外にもありふれた星間分子からの生成経路があり得ることが示唆されます。実際に天体でどのような量になっているかを決定するには、実験室実験や天文観測・モデリングによる多角的な検証がさらに必要だと考えられます。

脚注

(注1) DNAにおいてA-TとC-G、 RNAにおいてA-UとC-Gのようにピリミジン塩基とプリン塩基の間で水素結合を形成してペアをつくる。

(注2) さまざまな原子の配置に対して、系が持つエネルギーを示すプロファイルのこと。

(注3) 量子力学を化学の諸問題に応用した分野のことである。 量子化学計算によって系の波動方程式を解くことにより、系の物性や反応性を調べることができる。

(注4) ある反応物と生成物の間に、その中間の構造である遷移状態を同定し、これらのエネルギーを評価することにより反応の進行しやすさを推定できる。


論文情報

雑誌:ACS Earth and Space Chemistry

タイトル:Quantum Chemical Study on Interstellar Synthesis of Cytosine by the Automated Reaction Path Search

著者:小松 勇, 鈴木 大輝