研究活動

宇宙における光合成の蛍光を検出できるか?


アストロバイオロジーセンター(ABC)の小松勇研究員らは、将来の太陽系外惑星の観測における生命の痕跡バイオシグネチャーとして、光合成由来の蛍光がどのように検出され得るかを数値シミュレーションによって初めて見積もり、光合成の知見に基づいて詳細に議論しました。その結果、将来計画されている口径6mの宇宙望遠鏡では蛍光検出は難しいものの、TRAPPIST-1などの超低温矮星周りの惑星で同定しやすくなる条件・特徴があることが示唆されました。生物学から天文学まで複数の分野を跨いだ議論によって得られたこの結果は、米国の科学誌『The Astrophysical Journal』のオンライン版に2023年1月11日付で掲載予定です(Komatsu et al., 2023)。

図1:植物が蛍光を発する惑星のイメージ図(クレジット:アストロバイオロジーセンター)

太陽系外惑星における生命探査は、アストロバイオロジー分野のもっとも重要なテーマの一つです。そのような生命存在の証拠となるものとして、光合成由来の光の特徴的なパターンを示す痕跡バイオシグネチャー(注1)を検出することが期待されています。その1つがレッドエッジ(注2)という、植生により反射する光のスペクトルの分光学的特徴です。例えば現在観測ターゲットとなっている太陽より軽く、宇宙に数多い軽い恒星(M型矮星)周りの惑星における光環境は太陽系の地球と大きく異なり、そこでレッドエッジがどのように現れるかが議論されています。

光合成において太陽光から吸収した光エネルギーは、光化学反応に使われるか、蛍光(注3)や熱として放出されます(図2)。地球のリモートセンシングではレッドエッジだけでなく、近年この蛍光も観測されており、レッドエッジによって惑星表面を覆う植生の量を計測するのに対して、蛍光はストレス状態など、より詳細な光合成の活動を推定するのに使われます。そこで我々は、レッドエッジとは異なる発展的なバイオシグネチャーとして光合成由来の蛍光が有望であるかを検証しました。

図2:光合成において、太陽から得られた光エネルギーは、1. 光合成の光化学反応、2. 蛍光放射、3. 熱放散の形で消費される。(クレジット:アストロバイオロジーセンター)

本研究では、太陽型星と、2つのM型矮星(GJ667C、TRAPPIST-1)をそれぞれ公転する地球型惑星において、異なる惑星大気や地表の条件を想定して、蛍光がどのように惑星のスペクトルに現れるかをシミュレーションしました。光合成生物の光吸収・蛍光スペクトルとしては、クロロフィルabを含む典型的な植生(Chl)、バクテリオクロロフィルbを持つ紅色細菌(BChl)の2つのものを用い、生息域における放射場の下で獲得した光子数に応じて適切にスケールさせて蛍光強度を決定しました。また、これらの光吸収スペクトルを用いて放射輸送計算(注4)によって葉の反射スペクトルを算出しました。このように光吸収・蛍光・反射を首尾一貫して扱うモデルを開発し、惑星スペクトルにどのように現れるかを調べました。

数値シミュレーションの結果、BChlの場合、雲や1,000 nm付近の強い吸収体がなければ、レッドエッジの検出と併せて、蛍光が光合成の痕跡を同定するバイオシグネチャーになりうることが示されました(図3)。ただし、NASAが計画する将来の口径6mの宇宙望遠鏡(以前の検討ではLUVOIR、現在はHabitable Worlds Observatoryと呼ばれる)を想定したノイズモデルを太陽型星周りに用いると、蛍光を同定するには非常に長期間の観測時間を要することもわかりました。興味深いことに、TRAPPIST-1のような超低温星は、恒星大気における酸化バナジウム(VO)や水素化鉄(FeH)、カリウムなどの吸収が強く、これらの吸収によって恒星からのフラックスが小さい波長域で、惑星からの蛍光が放出されると見かけの反射率が顕著に大きくなりました。これは、TMTなどの将来の超大型地上望遠鏡によって高分散で蛍光を観測するのに良い特徴である可能性があり、今後検証が必要です。さらには、光合成の生理学的な観点から蛍光を大きく発する条件を考察し、また非生物的にも発生する蛍光から生物由来の蛍光と区別するには入射する光に対して発光強度が非線形になる特徴を捉えることが重要であることなどの議論がなされています。

図3:BChlを想定したGJ667C、TRAPPIST-1周りの地球型惑星の反射スペクトル。70%海、30%植生の場合を示しており、1 Fflour.は地球の観測値に対応するもの。仮想的なレッドエッジの特徴が見えており、また、TRAPPIST-1周りで蛍光の寄与が大きく見えているのは恒星のVO、FeHの吸収帯による。 (クレジット:アストロバイオロジーセンター)

ABCでは、研究分野としての天文学・生物学、また、研究手段としての観測・実験・理論の垣根を超えた若手による分野連携が活発に行われています。本研究はこのような活動の結果が学術論文としてまとめられたものです。これはまさに、生物学と天文学、また、理論と観測をつなぐ成果といえるでしょう。


脚注
(注1) 酸素やオゾン、メタンなどの大気分子や、地表の特徴を捉えることが考えられている。
(注2) 700 nm付近で葉の反射スペクトルが急激に増大する特徴。
(注3) 光を受けて電子励起したものがエネルギーの低い状態になるときに発する光。
(注4) 光の伝搬を扱う計算手法。

論文情報:
雑誌:The Astrophysical Journal
タイトル:Photosynthetic Fluorescence from Earth-like Planets around Sun-like and Cool Stars
著者:小松 勇, 堀 安範, 葛原 昌幸, 小杉 真貴子, 滝澤 謙二, 成田 憲保, 大宮 正士, キム ウンチュル, 日下部 展彦, ヴィクトリア メドウズ , 田村 元秀 
DOI: 10.3847/1538-4357/aca3a5
アーカイブ: http://arxiv.org/abs/2301.03824