アストロバイオロジーセンターの研究者を中心とする国際チームは、すばる望遠鏡の近赤外線高分散分光器「IRD」を用いた惑星探索プロジェクト (IRD-SSP) のデータを利用して、低温度星 13 個の化学組成を明らかにしました。IRD-SSP は、「M 型矮星」とよばれる、太陽より軽く温度が低い恒星 (低温度星) の周りに惑星を探しています。本研究は、惑星発見に先立って M 型矮星自身の特徴を明らかにしたもので、IRD-SSP のデータを用いた初めての成果となります。
恒星の化学組成とは、星を構成する成分のうち鉄やナトリウム、マグネシウムといった各元素がそれぞれどれくらいの割合で存在するのかといった情報です。これは、その恒星の周りに存在するかもしれない惑星 (系外惑星) の形成材料にも反映されるため、今後系外惑星が発見された際に惑星の特徴を調べるために必要となります。また、その恒星が銀河系の進化の中でいつ生まれたかということの指標にもなる重要な情報です。そのため、太陽と同程度の温度の星 (F、G、K型星) の化学組成については可視光での分光観測による長い研究の歴史があります。一方、M 型矮星は可視光で見ると非常に暗いことと、温度が低いために分光データが複雑であることにより、従来の方法では化学組成を測定するのが困難でした。
そこで研究チームは、IRD-SSP で収集される近赤外線スペクトルを利用した独自の方法を開発し、初期サンプルとして 13 個の M 型矮星の化学組成 (具体的には水素に対する、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、チタン、クロム、マンガン、鉄、ストロンチウムの存在量の比 (割合)) を測定しました。IRD は可視光よりも近赤外線で明るい M 型矮星の観測に最適化された装置です。さらに、世界最大級のすばる望遠鏡の大口径は特に暗い M 型矮星を調べることを可能としました。惑星探索のためには同じ M 型矮星を複数回、時期を変えて観測するため、それらのデータを合わせて利用することで1度きりの観測よりも高品質なデータが得られたことも有利な点です。
測定の結果、今回の 13 個の M 型矮星は太陽の近くの F、G、K 型星と似た化学組成を持つことがわかりました。また、ヨーロッパ宇宙機関のガイア衛星のデータを組み合わせることで銀河系内での動きを調べたところ、特に金属量が少ない M 型矮星ほど太陽とは異なる運動をしている傾向が示唆されました (図2)。この傾向は F、G、K 型星でも知られており、銀河系の化学進化を反映していると考えられます。今回のターゲットの中には「バーナード星」とよばれる有名な M 型矮星も含まれています。この星は銀河系内でも比較的古いタイプの恒星であることを示す複数の証拠が報告されていますが、本観測によって初めて得られた詳細な化学組成測定の結果もそれに矛盾しないものでした。
今回の成果は 13 個の M 型矮星の詳細な化学組成が明らかになったことにとどまらず、IRD による惑星探しが行われつつある約 100 個の M 型矮星の化学組成が、近いうちに測定可能であることを示したことに意義があります。太陽系の近くに存在する M 型矮星がどのような星たちなのか、初めて明らかになることが期待されます。また、今後 IRD が惑星を発見した際には、惑星材料の化学組成を提示することで、その惑星の特徴にもヒントを与えるでしょう。
本研究は米国の天文学専門誌『アストロノミカルジャーナル』に2022年1月18日付で掲載されました (Ishikawa et al. “Elemental Abundances of nearby M Dwarfs Based on High-resolution Near-infrared Spectra Obtained by the Subaru/IRD Survey: Proof of Concept“)。
すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。
関連リンク:
すばる望遠鏡 2022年3月28日プレスリリース