自然科学研究機構

アストロバイオロジーセンター

2018年7月2日

第二の地球探しのための新観測装置IRDが稼働!

小谷隆行 助教
田村元秀 センター長
他、IRD開発チーム

発表のポイント

  • すばる望遠鏡用に、世界でもユニークな新しい系外惑星探索装置IRDが本格稼働し始めた。
  • 世界で初めて、人が歩く速さでの恒星の運動を「赤外線で」検出することが可能となった。
  • すばる望遠鏡において、地球のような軽い惑星の系統的探査が初めて可能となった。

概要

 自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンター、同 国立天文台、東京大学、東京農工大学、東京工業大学の研究者を中心とするチームが開発と製作を進めてきた、すばる望遠鏡用新型系外惑星探索装置IRD(InfraRed Doppler、 日本語で赤外ドップラー装置)が、2018年 2月にすばる望遠鏡で天体観測を開始し、その全機能を活かした観測装置のファーストライト(注釈1)に成功しました。

 IRDは、これまでドップラー法(注釈2)で主流であった可視光ではなく赤外線の光を使って、太陽系外惑星を探索するために作られた観測装置です。最新の赤外線およびレーザ技術を駆使したIRDは、現在、世界で最も精密に恒星の速度変化をとらえることのできる赤外線装置になっています。これからの本格的観測により、IRDのユニークな特徴とすばる望遠鏡の大口径を活かして、太陽の近くにも多数ある、軽くて表面の温度が低い恒星(M型星:注釈3)のまわりに地球のような惑星を発見することを目指します。そのような惑星は、次世代望遠鏡による生命探査にとって絶好の観測対象になります。

 ついに動き出した新型系外惑星探索装置IRDにご期待ください!


背景

 天文学において最もホットな研究対象の一つである太陽系外惑星(系外惑星)は、今では天文学という垣根を超え、宇宙における生命を研究するアストロバイオロジーの研究対象になりました。系外惑星やアストロバイオロジーの観測技術の進歩によって、近い将来、水や酸素など、生命の存在に必要とされる物質が系外惑星で検出されることも期待されています。

 ケプラー宇宙望遠鏡に代表される近年の系外惑星探索によって、現在では5000個を超える数の系外惑星や候補が発見されていますが、その中にはハビタブル惑星と呼ばれる生命の居住に適した“可能性”のある惑星もあります。しかし、これまでに発見されたハビタブル惑星は詳しく調べるには数が少なく、さらにケプラー宇宙望遠鏡がみつけたハビタブル惑星は地球から遠く離れているため、その特徴を詳しく調べるにはあまり適していませんでした。そのため、アストロバイオロジーにおける今後の重要な課題は、惑星の特徴を詳細に調べることができる、地球の近くに存在するハビタブル惑星を発見することだと言えます。

生命の存在に必要不可欠であると考えられている液体の水は、適度な環境でないと存在できません。「液体の水が存在可能な領域」として定義される親星からの距離をハビタブルゾーンと呼びます(図1)。また、生命の存在に適した惑星は主に岩石でできた地球の様に軽い惑星であると想像できます。しかし、系外惑星を探す主な手法であるドップラー法(注釈2)やトランジット法(注釈4)は親星の速度や明るさの変動を調べることで惑星を発見する方法ですが、見つけたい惑星が小さいほど高精度の観測が要求されます。また、親星の温度が高くなるほどハビタブルゾーンは親星から離れていきますが、ドップラー法やトランジット法では親星から遠く離れた惑星ほど発見が難しくなります。例えば、太陽と同じくらいの温度の恒星を1年で公転する、地球と同程度の大きさの惑星を発見するのにも大きな困難を伴います。そのため、ハビタブルゾーンに存在する地球の様な惑星の発見は非常に難しく、そのような惑星は未だに少ししか発見されていません。

そこで今、注目されているのがM型星(注釈3)、別名で赤色矮星と呼ばれる恒星です。M型星では、星の表面温度が低く暗いのでハビタブルゾーンが親星の近くに存在します。また、M型星は質量やサイズが太陽型星のような他の恒星に比べて小さいため、惑星によって引き起こされる親星の変動が大きくなります。このため、M型星ではハビタブルゾーンに位置する惑星の発見が容易になります。さらに、M型星は太陽の近くにも多く存在しているため、地球に近いハビタブル惑星を発見するためには非常に良いターゲットです。地球の近くに存在するM型星の周りにハビタブル惑星を発見することができれば、将来的に詳細な観測が行いやすくなります。

図1:親星とハビタブルゾーンの距離の関係。ハビタブルゾーンは、低温度の星ほど親星に近く、高温度の星ほど遠くなります。

 その中でも、特に注目の観測天体が、M型星の中でも低質量かつ低温度である後期M型星(注釈3)です。後期M型星は、現在の最新技術を使えば、地球と同じぐらいの質量をもつ惑星をハビタブルゾーン内に発見することができる可能性があります。そのため、後期M型星は、生命が存在できる可能性をもつ惑星を発見するために非常に有望な観測天体と言えます。ところが、後期M型星は一般的に暗い天体が多く、これは天文観測では問題になります。高精度の観測を行うためには観測天体が発する光を十分に集める必要がありますが、暗い天体の場合はそれが難しくなるのです。また、系外惑星の探索にはこれまでは主に可視光での観測が利用されてきましたが、後期M型星は可視光で一般的に暗く、これも後期M型星の観測を難しくしていました。低温の後期M型星は可視光よりも赤外線で明るく輝いているため、赤外線で の観測が有利です。


IRDの開発と目指すサイエンス

 自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンター、同 国立天文台、東京大学、東京農工大学、東京工業大学の研究者を中心に構成される研究チームは、InfraRed Doppler (IRD)と呼ばれる系外惑星探索用の新しい観測装置の開発を進めてきました。IRDでは、これまでできなかった、後期M型星に最適な赤外線を用いて、高精度なドップラー法の観測が可能になります。トランジット法での惑星探索では惑星の軌道が地球からの視線方向と平行になっている必要があるため、ハビタブル惑星が見つかる可能性が非常に小さくなる問題がありますが、ドップラー法での惑星探索はその問題の影響を受けにくいため、地球の近くに存在するハビタブル惑星を探すのに有効です。

IRDには小さい惑星を発見するための様々な工夫を施しています。後で詳しく述べますが
(1)波長分解能が高く、広い波長域を同時に観測できる、非常に安定な赤外線分光器(注釈5
(2)恒星の速度を精密に測定するための正確な物差しとなるレーザー周波数コム(光コム)
(3)不安定性の原因となる光の乱れを低減するモードスクランブラー
などがあります。また、すばる望遠鏡の大きな主鏡を利用することで、暗い後期M型星においても十分な光を集めることが可能です。後期M型星は太陽の半分程度の表面温度しかない低温度星のため、可視光では暗いですが赤外線では明るく見えます。赤外線での高精度な惑星探索が可能であるIRDと大口径のすばる望遠鏡の組み合わせは、まさに、ドップラー法で後期M型星まわりのハビタブル惑星を発見するための最強の組み合わせと言えます。

図2:IRDの模式図。すばる望遠鏡のナスミス焦点に集めた天体の光を、ファイバー入射システムと光ファイバーを使って、温度変化が小さいクーデ室においた分光器①に入れます。また、光を分光器に入れる前に、モードスクランブラー②を通して光の乱れを低減します。レーザー周波数コム③の光も、ナスミス焦点から天体の光と同様の経路を通って分光器に入るようになっています。

InfraRed Doppler (IRD) 装置のファーストライト

 IRDは、立案、開発、製作、試験、及びすばる望遠鏡への搭載のために約8年の期間を費やしてきました。その結果、2017年8月に分光器だけでのファーストライト(注釈1)、2018年2月に光コムと組み合わせた完全な形でのファーストライトに成功しました。

 IRDはドップラー法を用いて惑星を観測しますが、ドップラー法では分光観測を使って恒星のスペクトルを取得する必要があります。図3は、2018年2月のファーストライトで取得したM型星のデータです。この図を使って、なぜIRDが精密に星の速度を測れるのかを紹介します。図3の二次元の画像上に、ところどころ暗くなっている部分がある線が見えますが、これが星のスペクトルです。その星のスペクトルと並行して、多数の小さな点が点線の様に規則正しく並んでいるのが見えます。これは基準光として星のスペクトルと同時に観測した光コムのスペクトルです。この光コムが、IRDの観測で、星の速度測定の基準となる「精密な目盛り」としての役割を果たします。レーザー周波数コムは天文学ではこれまではほとんど利用されておらず、非常に新しいものです。

図3:IRDで実際に撮像した画像。縞々に見える直線が星のスペクトル。中心部分を拡大して見える星のスペクトルの横にある点線のようなものが光コムのスペクトルです。星のスペクトルの直線の中で時々途切れているように見えるのは、星自体の吸収によるものです。

 二次元の画像上に取得されたスペクトルは、データ処理を行うことで、図4に示すような一次元のスペクトル(波長ごとの光の強さ)になります。図4の上図は観測から得た、M型星(GJ436)のスペクトルのごく一部の範囲を拡大したものですが、その中には多数の吸収線が見えています。この吸収線は親星の大気中に存在する気体がその波長の光を吸収することで生じるものですが、その星が惑星を伴っている場合は星の速度が変わるため光のドップラー効果によって吸収線の波長が変動します。その波長の変化を光コムのスペクトルを基準にして詳しく調べることで惑星の存在を調査することができます。今回のファーストライトはIRDの性能を試験する目的で行われ、このデータもその目的で取得されました。すばる望遠鏡を使ったIRDの性能試験は今後も行なっていく予定です。

今回の試験観測でもIRDのユニークな観測機能が用いられており、これらの装置がそろってこそ、後期M型星のハビタブル惑星を発見できるようになります。次にそれらの機能について詳しく紹介します。

図4:1次元化された天体(M型星、上)と光コム(下)のスペクトル。天体のスペクトルには凹んでいる場所(吸収線)があり、光コムのスペクトルは山(輝線)が多数存在します。赤い枠は光コムの一部を拡大したものです。

第二の地球の発見を目指すIRDの特長

特長1: 高い波長分解能と、広い波長範囲、高い温度安定性をもつ赤外線分光器

 ドップラー法による惑星探しで鍵になるのは、「光をどれくらい細かく分けることができるか」を示す、分光器の波長分解能です。波長分解能が高いと、天体のスペクトルの中の多くの吸収線をシャープに捉えることができるようになります。その結果、より多くの吸収線を分離できるようになり、変動を調べることができる吸収線の数が実質的に増えます。それによって、ドップラー法では高い精度の観測を達成することができます。後期M型星の赤外線スペクトルの中の吸収線は混み合っていますので、波長分解能が高いことは重要です。IRDでは非常に高い波長分解能で赤外線分光を行って惑星を探します。またIRDの赤外線分光器は広い観測波長範囲を持ちます。分光器の波長範囲が広くなると、利用できる吸収線の数も増えるので、ドップラー法の精度が向上します。惑星によるドップラー変動の信号は非常に小さく捉えることが難しいため、分光器は安定であることが求められます。そのためIRDは分光器の温度を極めて高い精度でコントロールすることで、装置が不安定な場合に生じる雑音を極限まで小さく抑えています。

図5:すばる望遠鏡直下の地下室(クーデ室)に設置された分光器部分(写真右)。分光器が置かれているクーデ室は、望遠鏡を支える巨大な支柱の内部にあります(写真中)。すばる望遠鏡の支柱の脇にある小部屋に光コム発生装置(写真左)が置かれています。
特長2: 極めて精密な波長の目盛りを果たす、レーザー周波数コム

 ドップラー法でハビタブル惑星を発見できるほど高精度な観測を行うには、高い性能をもつ分光器だけでなく、吸収線の波長の変動に対する基準となる非常に精密な「波長の目盛り」が必要になります。IRDでの観測では「波長の目盛り」として、レーザー周波数コム(光コム)を利用します。これまでは、波長の目盛りとして特定の原子・分子の特性を利用したランプやヨードセルなどが使われていましたが、M型星の観測で有利となる赤外線では性能が非常に限られていました。レーザー周波数コムとは精密分光などの領域で利用が近年進んでいるもので、赤外線で圧倒的に広い波長域に渡って、様々な波長の基準となる非常に多数の「レーザー光」を発します。これにより、従来より高い精度で波長を精密に決定できると共に、恒星スペクトルの吸収線を余すことなく利用できるようになります。

特長3: ファイバーを通ってくる光の乱れを緩和するモードスクランブラー

 IRDのもう一つの重要な特長がモード・スクランブラーと呼ばれる機能です。一般的に分光器で非常に小さいドップラーシフトを測定する際に、望遠鏡などの装置の不安定性や大気の乱れなどが原因で天体からの光(=スペクトル)が乱れ、それが大きな“雑音”となり精密な測定を妨げことが知られています。IRDでは光ファイバーなどを利用して、光に対してわざと大きな「外乱」を与え続けることによってこの雑音を低減する装置を備えており、これを「モードスクランブラー」と呼んでいます。IRDの目的に使われる赤外線天文観測に適したファイバーやスクランブラーはよくわかっていないため、IRDチームでは様々な種類のファイバーやモードスクランブラーをこれまで試験してきました。今回の観測でも選ばれたファイバーとモードスクランブラーが利用されていました。


今後の展望

 今回ファーストライトに成功したIRDは、2018年の8月から、世界中の研究者が利用できるようになりました。今後、すばる望遠鏡での観測が本格的に開始される予定です。また、IRDチームでは国内外の数多くの系外惑星研究者と協力して、IRDとすばる望遠鏡を用いて、後期M型星をターゲットにした惑星探索プロジェクトを推進することを計画しています。この計画は、後期M型星まわりのハビタブル惑星の発見と、後期M型星の周りの惑星系の特徴を明らかにすることを目指しています。後期M型星は銀河系に多く存在していて、距離わずか30光年以内という太陽系の近くにも500個以上と数多く有るため、そのまわりの系外惑星はいったん見つかると詳しく調べることができます。このようなIRDによる後期M型星の惑星探索から、天文学やアストロバイオロジーにとって貴重な知見が得られると期待できます。このように、IRDを使って、そのユニークな特長を生かした観測研究が今後進められていきます。ついに動き出した、新型系外惑星探索装置IRDにご期待ください!


用語解説

注釈1 ファーストライト
望遠鏡で集めた光を初めて天体観測装置にいれること

注釈2 ドップラー法(視線速度法)

惑星が恒星のまわりを回ること(公転)によっておこる「恒星の揺れ」を検出して、惑星を見つける方法です。恒星のスペクトルには、恒星大気の原子や分子による吸収線が数多く見られます。惑星の引力によって恒星がほんの少し揺さぶられると、これらの吸収線の波長の位置が光のドップラー効果によって少しだけずれてしまいます。この惑星公転にともなう周期的な波長のズレを恒星の我々に対する速度の変化として、長期間見続けることで、惑星の存在を明らかにするのです。ドップラー法では、惑星が重くて近いほど恒星の揺れは大きくなるため、観測しやすくなります。初めて普通の恒星のまわりに確認された系外惑星(ペガスス座51番星)はこの手法によって見つかりました。

注釈3 (後期)M型星
表面温度がおよそ2200℃ から3800 ℃、質量が太陽のおよそ0.08倍から0.6倍の恒星のことを言います。 表面温度が約5500 ℃の太陽と比べると、恒星の中でも表面温度が低い天体であることがわかります。ここでは、さらに、M型星の中でも温度が低く質量も軽い表面温度が3000℃以下の天体を後期M型星として区別しています。

注釈4 トランジット法
惑星が恒星の前を通ると、恒星の光が周期的に暗くなります。この明るさの変化を長期間見続けることで惑星を見つける方法です。惑星が恒星の「ちょうど前」を通る可能性は低く、多くの恒星を観測する必要があります。一方、惑星が大きいほど明るさの変化は大きくなります。ケプラー望遠鏡はたくさんの恒星を観測することで、数千個もの惑星を見つけることができました。

注釈5 (赤外線)分光器
天体の光の「色(=波長)」を精密に調べるために、プリズムや回折格子といった光学素子を使って様々な波長の光に分けて記録する装置のこと。光のドップラー効果を調べるには、分光器によって非常に細かい波長に分ける必要があります。分光器はその特性によって分光できる光の波長が異なりますが、IRDには赤外線の光を分光するための分光器を搭載しています。


共同発表機関

自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンター
自然科学研究機構 国立天文台
東京大学大学院理学系研究科

発表者

小谷隆行(アストロバイオロジーセンター助教/国立天文台 光赤外研究部 併任)
田村元秀(アストロバイオロジーセンター センター長/東京大学大学院理学系研究科 教授/国立天文台 教授)
他、IRD開発チーム

広報問い合わせ

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